TANKA / HAIKU

  • Journal,  TANKA / HAIKU

    スプーン修行

    健康的な生活と言えば聞こえはいいが、怠惰な生活と果たして何が違うのだろう。母親としての役割を全うするためと夜10時に寝ている人が自己研鑽の時間がないと主張しても言い訳にしか聞こえない。我が子は起きている間中チャレンジを繰り返し興奮した頭でなかなか寝付けないほどなのだから。


    松谷みよこの絵本「おさじさん」は、スプーンのおさじさんが、お粥を食べようとするうさぎぼうやを手伝う話だ。おさじさんの申し出も意に介さず、うさぎぼうやは自分で食べられるもんとあつあつのお粥のお椀に鼻を突っ込む。あまりの熱さに泣いてしまう姿に呆れもせず、おさじさんはスプーンとしての役割を全うし、うさぎぼうやは無事美味しくおかゆを食べられる。離乳食が進んでスプーンに興味を持ち始めた息子に読んで聞かせていたが、現実はそう簡単にはいかない。


    しっかり匙を握っても、お椀との距離感がつかめなければ空振りばかり。なんとか届いたところで手首に力が入ってなくては、匙はおかゆに刺さらない。ようやくおかゆに辿り着いても力が持続しなければあまりの粘度に負けてしまう。掬えたところでお口を見つけられなければ頬っぺをべたべたにするだけで、おさじさん、気はいいのだけどシャイだから、握られたまま硬直してしまいちっとも頼りにならない。手に力が入らなくなるまで根気強くチャレンジしなきゃいけないのだ。息子は文字通り匙を投げるまで毎食スプーンで食べる練習をしている。先日、初めて成功したとき、口いっぱいのおかゆを覗かせながら目を細めて満足げに笑っていた。

    破魔弓や諦めきれぬわが身かな


    寝正月志も形無しや

  • Poetic Diary,  TANKA / HAIKU

    kirakira maternity life

    ふたつ枕を並べた甲斐が無いほどに近く頭を、身を寄せ合う。あなたは私の腹に左手を当て、私はその手に私の右手を重ねる。私の手ではない手がやってきたことに気づいて、きみは私の腹を蹴る。内側から、懸命に、一発。そしてもう一発と繰り返す。元気だねえとあなたは笑い、もう1回と私は私の腹をつつく。するとあなたが手を当てていたところが急に固くなり、なだらかな丘に起伏ができる。おしりかな、あたまかなと私たちは笑う。

      短日を食い育つ子を宿したり

    電気を消し、それぞれが眠りにつく。暖かな布団にくるまれて、静かに、眠る。

  • Journal,  TANKA / HAIKU

    休息までは程遠くて

    自席に戻りジャケットを脱ぐと香ばしいにおいが発散した。大した役は任せられていないくせに、先ほど終わったばかりの自部門主催のイベント中はずっと興奮気味で、脇の下はじっとりと湿っていた。日中溜まった仕事のうち簡単なものは片付けておこうとPCを立ち上げるも、身動きするたびに立ち上る自分のにおいに耐えきれず、そのまま帰ることにした。
    金曜夕方の電車は人もまばらでゆとりはあるが、通勤用に持ってきた本を読む気になれない。スマホは改札を通るときから握りっぱなしで、神経質な親指はTwitterとinstagramをひたすら交互にリフレッシュする。毎秒更新されるほどフォローしているわけでもないのに何度も何度も繰り返す。最寄り駅まであと10分ほどのところで漸く目の前に座る人が立ち上がった。スーツのスカートのしわを気にしながら座り、いつものリュックと、イベント用に念のため持ってきた諸々を詰めた大きなトートバックを膝に抱え目をつぶる。

    最近、夫は金曜日も帰りが遅い。それでもふたりでご飯を食べる時間をとってくれるからありがたい。今夜は家でゆっくりお酒飲むのとお店でぱーっと楽しむのはどちらがいいだろう、どちらでもいいようにすればいいか。家なら断然餃子だが、外なら焼き鳥がいい。そういえば駅直結のスーパーに美味しそうな餃子の皮が売っていたから、それがあったら餃子を作ろう。無かったら冷凍餃子でもいい。

    駅のホームを上がっていく。おつまみも買っていこうとカゴを取ったがめぼしいものはなかった。カゴの片隅に餃子の皮だけ鎮座させたままレジに並ぶ。総菜やおつまみが豊富なこのスーパーはよく混み、あまりの列の長さに店の代わりに客はけの悪さの真因分析を始めてしまう。列が生パスタの棚前まで進んだ時、明日のお昼は美味しいパスタを食べようと思いつき、リングイネとフィットチーネどちらにしようか迷っていると、隣のオリーブを取ろうとした人がいたので列の間隔を少し開けた。すると、オリーブを持つ人はそのまま列に収まった。そうか、と思った。列はなかなか進まず、前に入った人がやたらと気になった。

     蛇の尾の長さ見るべし ぬっと出づる膝裏つつく買い物かごで

    会計の順番が来た。レジ袋は断ったのに餃子の皮とパスタをそれぞれ水袋に詰めようとするものだから、水袋もいらないですと言ったら、思いのほか大きな声となって驚いた。