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    東武東上線直通有楽町線各駅停車のせい

    有楽町線で埼玉の実家に帰るのは難しい。

    金曜日の夜、PCを見続けたためか霞む目をこすりながら東西線に乗り込む。メトロでの移動はだいぶ慣れたがやはり苦手だ。どこへ行くにも本を開くには短すぎ、LINEをチェックするには長すぎる。どのような顔をして電車に乗っていればいいのか分からない。

    飯田橋で降り、有楽町線ホームへ向かう。エスカレーターをのぼり、壁も天井も白い細い通路をひたすらに歩く。階段に掛けられた案内はJRへの道順のみを示す。一度改札を出て今度は広い通路をひたすらに歩き、改札横にあったお菓子屋さんを思い浮かべ、実家へのお土産にシュークリームを買えばよかったと後悔しつつ階段を下りる。有楽町線・南北線ホームへの改札を入るとスーツの男性が角ばった平たい箱を提げているのが目に入り、彼に倣って期間限定出店のケーキ屋さんで横浜チーズケーキなるものを買った。

    ホームに立ち、箱が水平になるようビニール袋を腕に提げ、本を開く。来た電車に反射的に乗ると清瀬に連れてかれてしまうから、電車が来るたび車内の電光掲示板に示される行き先を確認する。各駅停車、川越市行……乗りたい電車と行く方向は同じだが、各駅停車では狙っている電車への乗換えができないのではないかと不安になり次を待つことにした。数分後、乗りたいと思っていた森林公園行の電車がホームに滑り込む。アナウンスが各停であることを告げる。飯田橋で待つか、次の乗換駅で待つかの違いだったようだ。意外と電車は空いており、荷物を網棚に上げ席に座って本を開く。今年も新潮社のプレミアムカバーの『こころ』を買った。読むときはダストカバーを掛けているので気にならないが、真っ白な表紙にゴシック体でタイトルが書かれた今年のデザインは大分ダサい。実家に帰るときしか聞かない駅名に、自分がどこにいるのかいまひとつピンとこず、緊張しながら頁を繰る。

    「次は和光市駅です」というアナウンスにほっとする。次で乗換えだ。なかなか長い道のりだったなと栞の挟まった頁からの紙の厚みで確認したところで電車の速度が落ちた。前の電車との間隔調整のためだと一時停車し、2,3分後に運転再開となった。

    和光市駅で乗り換える予定の電車はちょうど数分前に発車していた。次の電車まで15分。母親に、到着が遅くなると連絡する。予定通り20時に到着すればまだしも、さらに遅くなるとなると父親は夕飯を待ってはくれないだろう。電車に乗り、再び本を開く。実家の最寄り駅の数駅前で長い長い遺書を読み終えてしまった。

    駅を降りると同時に実家の車がロータリーに入ってきた。

    ドアを開くと、母親がお疲れ様と声をかけてくれる。食事は途中だという。

    20分ほど走ってようやく実家にたどり着いた。

    食卓には私の分の天ぷらが大皿から取り分けられていた。ちょっと電話するねと、母親は席に着かずどこかへ立ってしまう。あまりの空腹に母親を待たず天ぷらに箸をのばす。冷めて油の戻ったイカの天ぷらをぐにぐにと咀嚼する。クーラーの利いた部屋。目の前の父親の席は空いていて、食べ終えた食器だけが残されている。温めたら美味しく食べられるかと思ったが、さらにべちゃっとするだろうとそのまま食べ続けた。いつもどおりラジオアプリで夕べの放送を聞きながら、衣のはがれかけたエビの天ぷらを食べる。油でぬらぬらとした甘いエビ。衣をとってエビだけで食べようかとも思ったが最後皿に残された空っぽの衣を想像してやめた。キッチンペーパーで油切りしようかと思ったが、もう食べてしまったイカとエビの天ぷらを否定するようでできなかった。

    母親が電話を終え、私の隣に座る。ご飯の途中で迎えにいったと思ったら全部食べていたわね、と空いた自分のお茶碗を見ながら笑う。私も久しぶりに天ぷら食べた、美味しいねと笑ってみせる。しかし、食べ続けるうちに油がどうしても気になり、時間がたった天ぷらは難しいねえと母親に訴える。時間通りに帰ってきてたら熱々のが食べられたはずなんだけどとキッチンペーパーを持ってきてくれた。

    油を落とし、ナスの天ぷらをむにむにと咀嚼する。実家で一人で冷めたご飯を食べることになるとはと嫌味っぽく言いながら鶏天をもさもさと咀嚼する。

    取り分けてくれていた天ぷらを食べ終えたとき、両親と3人で美味しい天ぷらを食たべたかったなと思い、急に涙が出てきてしまった。

    何で泣いてるのよと驚く母。ごめんとそのまま2階の自分の部屋に上がる。クーラーをつけ、ブランケットを被り、声を上げながら泣いた。ひとしきり泣いて落ち着き、ダイニングに戻る。母親が梨をむいて、あんたの食べ物に対する執着心にはびっくりするよと笑ってくれた。

    白い梨にフォークを刺す。サクッと音がした。

    でも、と私は弁解を始める。

    ひとりで冷めたご飯を食べたのがつらかったんだもん。一人暮らしで一番嫌なのは食事なの。どこ見てご飯食べればいいか分からない。油切りながら温めて食べればよかったのかもしれないけどおなか空いてたの。だからお母さんが電話終わるの待てなかったんだもん。でも、一番嫌だったのは、遠まわしに愚痴を言いながら食事をしたこと。どうしても我慢できなかった。全部私が悪いんだけど、お母さんのせいみたいにしちゃってごめんね。でも、有楽町線が時間通りにくればよかったんだよ。

    そして、これ、食べていいの?と最後の一切れの梨に手を伸ばし、これじゃ小学生だよねえと笑いながら梨をサクサクと咀嚼する。

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    跳ねろ、跳ねろ、身を揺すれ

    跳ねろ、跳ねろ、身を揺すれ

    行列の中のひとりなのか?

    いいえ――わたしを見るのだ、誰よりも輝くわたしを見るのだ

    青森ねぶた祭り2日目、パイプいすで設営された有料観覧席に座り団扇を仰ぐ人々ひとりひとりの目を捉えながら国道7号線を飛び跳ね進んでいく。

    屋台で腹ごしらえをしようと思っていたのに、ハネト衣装の着付けに並ぶ列が予想以上に長く時間がかかってしまったのでゆっくりお祭り気分を楽しむ間もなく、コンビニスイーツでカロリー摂取。

    ポカリスエットのペットボトルも買って気合十分、一際賑わっていた青森菱友会に紛れ込む。

    夕日も沈み始めた19時ちょうど、ハネト達の後ろで、眠っていた獅子が立ち上がり吼えるかのように、出陣しようとねぶたが持ち上げられた。鬼を従え朝廷に反乱を起こす藤原千方と、彼を討とうとする紀朝雄をかたどったねぶたが薄闇に煌々と浮かぶ。高揚していた気分も待ち時間の間にいくらか落ち着き、その姿に出陣の気合よりも雄雄しさへの畏怖の念が湧く。

    しかし見とれている間もなく「ラッセラー!!」と声が上がった。

    その音頭に進行方向を振り返ると、「ラッセラッセラッセラー」とまだ薄い声を上げながらハネト達がぱらぱら跳びはじめていた。ワンテンポ遅れて隊に詰め寄り、見よう見まねで右足、左足、交互に跳んでみる。すぐに慣れ、ハネトの隙間を縫って、より賑わう隊の前方へ出て行く。

    跳び続け、みな疲れが出てきたのか、盛り上がりがやや落ち着いたころ、休憩がてら隊を抜け、次はどこの団体に紛れ込もうかと歩道を歩いていると、夏の夜の心地いい風が吹き、ここは熱帯夜に魘される東京ではないのだと思い出す。そして早くもハネトの中にいたときの熱気が恋しくなり、今度はあおもり市民ねぶた実行委員に飛び込んだ。遠く前方に一際賑わっている集団があり、そこにはゴンドラに乗って音頭をとる女性の姿があった。それを目指して急いで飛び跳ね、ゴンドラのすぐ後ろに着く。

    音頭をとる役が交代する合間に足を止め、周りを見渡す。

    となりの女性はからだをくの字に折り曲げ腕を目いっぱい振りながら飛び跳ねている。

    斜め前では背の高い男性二人がからだを揺すり、じゃらじゃらと背中にさげた鈴を鳴らす。

    後ろからハネトがどんどん押し寄せてくる。

    ――両足を地に着けている場合じゃない。

    声を張り上げ身を揺すり、休むことなく跳ね続ける。空になったペットボトルを突き上げる度、もっと激しく、もっと大きく、そしてこのまますべてを飲み込んでしまいたいという欲望が膨らんでいく。凶暴と言っていいほどに飢えた気持ちに踊らされながら、沿道で悠々と行列を眺める人ひとりひとりの目を捉え、私のこの狂乱に気付けと念じる。

    からだの向きを変えると、ひとりの若い男性と目が合った。それまでの距離を保ちながらも、明らかにお互い相手の存在を意識している。節が繰り返される毎に相手の声が大きく聞こえるようになる。このまま身を任せることに、初めての領域に踏み込む際のかすかな恐れを感じ、間合いを取ろうとするも何故か距離は近づいていく。音頭に合わせて声を上げ続けていたはずだが、音は漂うばかりで今度は何も響かない。逃げられないほどに距離がつまり、彼と高い位置で手を合わせる。瞬間、手を握る。そして手を離せば再び祭りの熱がぶり返し、互いに波の中へ戻っていく。

    跳ねて跳ねて進み続ける。ささやかに下げた鈴を乱暴に揺すり、私に巻き込まれてしまえばいいと辺りに発散させる念を増幅していく。

    さて、祭りはどうやって終わったのだったか。念の代償はふくらはぎの痛みとして今もまだ払い続けている。