Poetic Diary
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kirakira maternity life
ふたつ枕を並べた甲斐が無いほどに近く頭を、身を寄せ合う。あなたは私の腹に左手を当て、私はその手に私の右手を重ねる。私の手ではない手がやってきたことに気づいて、きみは私の腹を蹴る。内側から、懸命に、一発。そしてもう一発と繰り返す。元気だねえとあなたは笑い、もう1回と私は私の腹をつつく。するとあなたが手を当てていたところが急に固くなり、なだらかな丘に起伏ができる。おしりかな、あたまかなと私たちは笑う。
短日を食い育つ子を宿したり
電気を消し、それぞれが眠りにつく。暖かな布団にくるまれて、静かに、眠る。
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アジール
万が一の言い訳のために、ごくごく軽くノックする。来るはずのない返答は待たず音を立てないようゆっくり扉を押す。
扉に手をかけたまま常夜灯の中目を凝らせば、顎までふとんを被り眠るあなたがいる。私に見られていることも知らず眠り続けるあなたがいる。
掛け布団を持ち上げ、空いているスペースに体を滑り込ませる。隣に来たことに気づいてくれないかとじっと顔を見つめてみるも束の間、早くあなたに触れたくて、先ほどまで起こさないようにと静かに静かに距離を詰めていった甲斐もなく、乱暴にあなたの腕の中に入ろうとする。耳の下に敷かれた左腕を引き抜こうとして漸くあなたは私に気づき、目を開けないまま私の体に腕を回す。私はそのままじりじりと身を寄せ、あなたの腕の中で丸くなる。
ここにいる間、私は頭を悩ませるべき雑事——それどころか日常のあらゆる些事から解放され、何も考えずあなたの温かさに包まれているだけでいいのだ。だからそう、安心して目をつぶり、深く息を吸って眠りに落ちていくに任せる。
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Grand Pas De Chat
他よりも早く終電は過ぎ、清掃も終わり、もう誰もいないホームに蛍光灯の光がぼんやり浮かぶ。
いくつか線路を越えた先で空っぽのそのホームを眺めていた人の足が地面から離れた。リュックから取り出したものの気力が湧かず結局読めないでいた本がばさりと落ちる。
その人は浮いていることに気づいて慌てて地面に戻る。右に左に急いであたりを伺う。同じ電車を待つ人たちは手元を見るのに熱心だ。
誰にも見られていなかったことに安堵し本を取り上げ今度は自分の足元をじっと見つめる。それから右足のつま先でトントンと軽く地面を叩く。今度は左足のつま先を立て足首を回す。ふむ、と小さく頷いたかと思うとリュックを背負った肩が大きく上がり、それにつられて指先が弧を描く。そして飛んだ。屋根から屋根へ移るように飛び、踊った。コンクリートを蹴る音が微かに響く。右から左へ、左から右へ、ステップやポーズを交え、整列位置に立つ人々の背中をかすめて踊った。誰にも気づかれないように大きく手と脚を広げて踊った。
夜10時、新宿駅。その人を送り届ける電車はまだ来ない。
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in Manila
脚を、蛙のように広げたまま
窓の外に視線を移す。
そこにはどこまでも青い空が広がっていた。ホテルが面している大通りは昨日到着したときと同じように車と人で混雑しているのだろう。
しかし超高層階に位置するこの部屋にそんな喧騒は届かない。貴方の下敷きとなっている私の上半身に生えた腕は呼吸に合わせて貴方の背中をさする。
その腕はいつも、さするべきなのか、たたくべきなのか、それともただ放り出されておくべきなのかと迷う。
そしていつも、さすることを選ぶ。マニラという都市は一年を通して暑いという。
きっと、ホテルの部屋は一年を通してクーラーが効いているのだろう。
触れ合った肌は汗ばむこともなく、交換し合った互いのぬくもりはいつの間にかひとつの熱の帯となり、下半身へ流れ集まり、どこかへ消えていった。右肩に貴方の頭蓋が乗っているから
私の頭は左へ傾ぐ。この時間をどのようして区切るべきだろうか。
眠りに落ちようか、
貴方を除けようか、
否、このまま永遠へと引き伸ばしてしまおうとただ空を見つめる。 -
un parfait
ねえ、最後に会ってから1年以上経つ友人の前といってもね、私はパフェを食べているの。
1ヶ月前に、1年半付き合って結婚を考えていた男性と別れたといってもね、
それから1週間としないうちに新たに恋人ができたといってもね、
私はパフェを食べているの。
甘くて、甘くて、甘くて――
グラスの中でアイスが溶けてしまうのも構わずスプーンを置いて
オリジナルブレンドの紅茶を口に含む。
コーヒーにすればよかったとすこし後悔。
1回目。
桃のカットがまだてっぺんを覆っているからスプーンをグラスの下に敷かれたレースへ迷わず置く。
2回目。
溶けはじめたアイスと刻まれた桃、それからジェリーが混ざり合い、それはちょうどスプーンの先が埋もれる程の嵩。金属を漬け込むようでためらわれるけれど、スープをいただくときのマナーに倣えば、グラスの中に立てかけるべきか。内側に、どろりとクリームのついたグラスへ柄を立てかける。
3回目。
最後の一口が惜しくて液体と化したアイスを見つめながらスプーンを置く。白というよりも黄色、黄色というよりも白いそれは、グラスの底から強烈な芳香を放っていた。
ねえ、
甘いものの合間に辛いものが食べたくなってしまうほどに、私は大人になってしまったの?
いつまでも甘さに溺れていられないほどに、私は正気になってしまったの?
その繊細な幸福はもう思い出せない。
甘かった、それだけ。
甘いって美味しいってことだったか、それさえも思い出せない。