Grand Pas De Chat

他よりも早く終電は過ぎ、清掃も終わり、もう誰もいないホームに蛍光灯の光がぼんやり浮かぶ。

いくつか線路を越えた先で空っぽのそのホームを眺めていた人の足が地面から離れた。リュックから取り出したものの気力が湧かず結局読めないでいた本がばさりと落ちる。

その人は浮いていることに気づいて慌てて地面に戻る。右に左に急いであたりを伺う。同じ電車を待つ人たちは手元を見るのに熱心だ。

誰にも見られていなかったことに安堵し本を取り上げ今度は自分の足元をじっと見つめる。それから右足のつま先でトントンと軽く地面を叩く。今度は左足のつま先を立て足首を回す。ふむ、と小さく頷いたかと思うとリュックを背負った肩が大きく上がり、それにつられて指先が弧を描く。そして飛んだ。屋根から屋根へ移るように飛び、踊った。コンクリートを蹴る音が微かに響く。右から左へ、左から右へ、ステップやポーズを交え、整列位置に立つ人々の背中をかすめて踊った。誰にも気づかれないように大きく手と脚を広げて踊った。

夜10時、新宿駅。その人を送り届ける電車はまだ来ない。