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    或る大晦日

    結婚以来、年末年始は夫の実家で過ごすことが慣例になっている。次男が生まれた昨年も、買い替えたばかりの車でお邪魔した。
    生後5か月の次男はまだ睡眠が安定せず、夜中に何度も起きてしまう。客間とリビングが離れていることもあり、この年は、子どもたちを寝かしつけたら、私もそのまま客間に下がらせてもらうこととした。
    紅白歌合戦が始まった頃、自宅と同じように常夜灯の仄暗い部屋で次男を寝かしつけた後、携帯ライトを点けて長男に絵本を読む。昼寝をしなかったためだろう、長男もいつになく早く眠ってしまった。
    乳児の世話のために万年睡眠不足とはいえ、よりによって大晦日に早寝するのはもったいないような気がした。まずは時間をかけてストレッチをし、年末に溜め込んだ数日分の日記を書く。しかし、それだけではまだ年越しにはほど遠く、かといって、暗い静かな部屋でできることなどたいしてないので、ただただ眠る子どもたちを眺めるばかりだった。そのままうとうとしていると、次男が唸りながら身をよじらせるので、手を握って再び眠りにつくのを手伝う。何度かそうしているうちに、ずいぶん時間が経ったようで、リビングからクラッカーの音が聞こえ、年が明けたことを知る。

    自分が損な役回りをしたとは思わない。時折聞こえてきた笑い声に、夫が家族水入らずでいい時間を過ごせたのだと安心する。日中だって、長男は祖父と遊びながらほとんど叫び声のような笑い声を上げ、義母は大切に次男を抱っこしてくれた。これらの光景に、子どもたちに注がれる愛情を感じ、私がどれほど幸せであるかなど言うまでもない。ただ、これまでは毎年、お酒を飲みながら他愛もない話をして賑やかに年を越していたことを思うと、文字に起こすのが躊躇われてしまうくらいに純粋にいじけた気持ちになってしまうのだった。
    0時を回っても客間に下りてこない夫を待つうちに、この夜が特別なわけではなく、次男を産んで育休中の私の生活がそういうものであることに思い至る。自宅に戻ったら、先日遊びに来た友人が、京都土産を持ってき忘れたと、わざわざ郵送してくれたクッキーを食べるのだと決め、眠りにつく。