初めての愛

小さな手に頬を叩かれ目を覚ます。障子の外に太陽の気配はまだない。念のため時計を確認すると目覚ましが鳴る30分前だった。「もう少し一緒に寝ようよ」と寝たまま両手を広げると、生後10か月の息子は高く上がった方の手にタッチした。

脳内はハートマークで埋め尽くされてしまった。

3か月ほど前、息子が匍匐前進のようにして移動する手段を習得し、彼のスペースとして設けた1メートル四方のマットを出て探検に出るようになった頃、ウォーターサーバーの替えボトルが入った大きい段ボールでリビングとキッチンの境に壁を築いた。我々が台所に引っ込むと、彼は前腕で体を引っ張り、平泳ぎの要領で足の親指の付け根で床を蹴り、ばったんばったんと跳ねるように後を追ってくる。しかし、目の前に立ちはだかる壁を前になす術がないことが分かると、きょろきょろとあたりを見渡したのち、近くにあるおもちゃで気を紛らわすこととなる。
最近はつかまり立ちができるようになり、保育園から帰ってくるなり段ボールの壁に匍匐前進で素早く駆け寄って天面に手をかけてよいしょと軽い調子で立ち上がるのが毎日のルーティンとなった。そしてまだ見ぬ壁の向こうはどんなものかと身を乗り出して暗いキッチンをのぞき込む。だが少しすると疲れてくる。立膝になってから腰を下ろすという段階的な動作ができない彼は、地面との距離が分からないままにおっかなびっくりおしりをぷるぷるさせながら尻餅をつくように座る。そのようにしてやっとのことで座ったのに数秒経つとすぐに段ボールに手をかける。腕に力が入らなくなり立てなくなるまでそれを繰り返す。疲れを知らない、真剣な面持ちで、何度も何度も繰り返す。壁の向こうを見てみたい、壁の向こうへ行ってみたい、その一心なのだろう。

そんな様々に可愛らしい姿を眺めていると、自分のことなぞ忘れてしまう。何よりも自分が大切であった私だから、一般に子供が生まれれば変わると言われたとて、そんなことはなかろうと高をくくっていた。それなのに、私より大切なものが現れてしまった。初めての経験に戸惑いが隠せない。どうしたらこの湧き上がる温かい感情をとどめておけるのか。段ボールの壁ではやわすぎる。