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ロシアの恋人たち
プロットを考えてから書き始めるべきだったなと、ブログを書きながらいつも思う。
書いては消しを繰り返し、ひとつの表現に何時間も首をひねり、終着点が見えないまま文字を連ねる。
会社の寮は、スポーツ施設が隣接するため防音がしっかりしているという。確かに住み始めてから2年半、この部屋で近隣の音が気になったことはなかった。しかし、昨日までのロシア旅行について文章を書こうとするも何をメインに切り出すべきか決めかねながらキーをたたく今、網戸越しに聞こえてくるアニメ番組の音が気になって仕方がない。
隣の部屋でも私の部屋と同じ備え付けのレースのカーテンが微かに揺れているのだろう。
4月末に、ロシア行きの飛行機をひとり分予約した。
7月半ばに、付き合い始めたばかりの恋人もロシア行きの飛行機を予約した。
3泊5日という日程にあまり余裕はない。
とにかく、広い空が見られればよかった。
レーニンの遺体を確認できればよかった。
もう二度と行くことはないだろうからと奮発したボリショイバレエのチケットはいかにも観光旅行らしいと思っていた。
そんな軽い気持ちのはずだったのに。
私たちはそれらにいちいちアテられた。
その度強く手を握った。
その度たどたどしく言葉を交わし、沸き起こる感情を共有した。
電車で隣り合って座る。
車両を繋ぐドアが開き、女性が何かを掲げて乗客へなにごとか声をかける。彼女に向けてコインを差し出す男性がいた。
レストランで向かい合って座る。
背の高いウエイターに渡されたEnglish ver.のメニューに混ざるキリル文字は装飾的で優美だ。
ロシアでは私たちの放つ言葉だけが意味を成していた。
ボリショイバレエの開演前、劇場近くのレストランで食事をした。他に東洋人のいない空間にくつろぐ私たちは、傍から見れば異質だったかもしれない。
しかし、フォークとナイフを握りながら、相手に向けて、こころのままを差し出し語るとき、私たちの互いの眼前には、あてがわれた椅子に腰をかけ、非日常に浮き足立つ観光客以上の姿――二十数年の時により形成され、これからも変容していくであろう立体的な存在――が立ち現れた。それは、完全に空間に調和した。
恋人同士の浮ついた気分は後に退き、真面目な響きを込めた言葉を受け入れてもらえるというような相手への信頼に基づく関係が、見知らぬ土地であるロシアに私たちの存在を許容させた。
このロシア旅行を振り返ってみれば取り上げ得る話題はいくつもあるはずなのだ。しかし、なぜか、キーに手を置く私の頭の中には「経験した」という以上のエピソードがない。感激のあまり涙する瞬間があったにも関わらず、ひとり思い出す感情はあまりにも静かだ。あの時間を再構成するには私ひとりの言葉では足りないのか。